アウーマンの皆さん、こんにちは!事務局のチア子です。

 

今回は前回に引き続き、東京2020大会で車いすバスケットボール女子日本代表キャプテンを務めた藤井郁美選手のインタビューをお届けいたします。
藤井選手のプロフィールは前編に記載していますので、是非ご覧ください!


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<インタビュー後編>
乳がんとの向き合い方/競技との両立


チア子:
藤井選手のご経験の中で、乳がんの診断・治療についてもお話を伺えますでしょうか。私たちは普段、乳がん患者さんのコミュニティサイト(CheerWoman)を運営しているのですが、再発の不安を抱えている方が多くいらっしゃいます。藤井選手の中で、そういった不安の乗り越えかたや、気の持ちようが何かあればお聞きしたいです。


藤井選手:
常に不安はありますね。乳がんの前に15歳の時に骨肉腫になって、その時も再発の不安はありましたし、がんっていうもの自体が、正直、いつやってくるかわからないものじゃないですか。そこの不安というのは正直ずっと拭えないと思いますし、付き合っていかなくてはいけないものだとは私は思っています。けれど、四六時中ずっと不安にかられていても辛いだけなので。私は家族がいてくれましたし、車いすバスケという何かそこを一瞬でも忘れられる事に取り組んでいたので。そういった支えがない方や家族にも話せない方はたくさんいると思います。そういった方達がこのようなサイトで同じ思いをしている人と繋がるっていうのは、すごく精神的にも救われるものがあるんじゃないかなって思います。

チア子:
過去のインタビュー記事で、主治医の先生が早く復帰できるように、治療の提案や手術で工夫をしてくださったと拝見いたしました。先生との信頼関係がしっかりされていたのかなと想像しますが、どのようにそのような関係を築かれたのでしょうか。


藤井選手:
まず、乳房を全摘出しなければいけないと告知を受けた時に、自分は車椅子バスケットボールプレイヤーですと伝えました。こういう立場で競技をしていて、という話をして、スポーツを趣味でやっているのではないと。とにかく復帰をしたいので、それに向けた治療をお願いしますとお話させてもらったら、先生も本当に親身になって色々考えて下さいました。


チア子:
バスケットボールが趣味ではなく、お仕事としてというお話は主治医の先生から聞いて下さったのでしょうか。


藤井選手:
いえ、私のほうからお話しました。体にメスを入れなくてはならないとなると、やっぱり色んな状況が変わってくるので、自分が何者なのかというのを最初に自分から伝えました。

チア子:
患者さんから、医師の先生はすごく忙しそうで、自分の話をしていいのか、意見を言っていいのかわからないという言葉も多く聞くのですが、そのようなことはなかったのでしょうか。


藤井選手:
有難い事に全然そういった雰囲気を出されるような先生ではありませんでした。私の場合は、大会出場予定がある中でドーピングにかかる薬を治療で飲むことになってしまったので、その資料を世界のドーピング機構に出さなくてはなりませんでした。その資料はすべて英語で書かなくてはいけないし、病院によっては後回しにされたりとか、先生によっては結構時間がかかったりするのが実態なんだと思います。でも私の主治医の先生は、その場ですぐに書いてくれて、本当にこんな先生他にいないんじゃないかって思うくらいでした。そこまで色々やってくれた先生がいてくれたからこそ、私も頑張って復帰する責任があるというか、頑張らなきゃという思いになりました。


チア子:
その先生は特にチームから紹介されたアスリートを専門にサポートされている先生だったのでしょうか。


藤井選手:
いえ、普通の先生です。なので、ドーピングの話とか、先生なりに調べてくれて。本当に協力してくださいました。


チア子:
「手術10日後に練習に復帰された」と伺って、私たちも驚きました。いつもは厳しいコーチも、その時はおとなしくしてなさいと言われたと聞きました。


藤井選手:
その主治医の先生が、オペ後まだ胸のところにドレーンが入っている状態なのに、暇だろって仰って。体育館行っていいよって言うような先生だったんですよ。さすがに無理ですって言いましたけど。(笑) それぐらい、早く動かしたほうがいいんじゃないかとか、言ってくださる先生でしたね。

 
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チア子:
今後の治療としましては、ホルモン剤の治療と伺いました。チアウーマンの会員の皆様も、ホルモン剤の治療は長く続くので、副作用ですとか、精神面でも色々落ち込みがあったりという方も見受けられます。今、内服治療されている中で、気の持ちようですとか、その他でも何か気をつけていること何かありましたら教えていただけますでしょうか。


藤井選手:
車いすバスケ選手として、ホルモン剤を飲みながらやるっていうのは、本当に辛かったですね。10年間飲まないといけないので。何が辛いって、やっぱり体が、例えば疲労具合が飲んでいた前と全然違って。薬を飲みながらスポーツをするというのは、アスリートとしてすごくしんどかったところですね。

なので、集大成にするというのも、そこが辛いっていうのもありました。体に負担をかけているところもあるので、薬を飲みながら、体の変化や気持ちの変化がどうなるのかは、一区切りついたこれから体感していくものだと思います。ただ、スポーツは薬を飲みながらやるものではないという(苦笑)。

それだけは本当に感じたというか、しんどかったですね。


チア子:
ホルモン療法は、更年期のような症状が現れて気持ちもイライラする時があると伺いますので、その中で選手生活を続けられたというのは、ものすごい努力だなと尊敬します。

  がんの患者さんの中でも、診断後これから治療ですという時に、周りの人にどう話そうと悩んでいるかたも多く見受けられます。藤井選手はチームメイトやコーチなど、チームメンバーのかたにどのように状況をお伝えされたのでしょうか。


藤井選手:
告知されたのは2017年で、東京パラリンピックに向けて毎月毎月合宿がずっとあるような中でした。ちょっとおかしいなと思ったので、病院を探して、合宿と合宿の間で行って検査をして、その時点ではチームのトレーナーにも言っていませんでしたし、もちろん仲間にも伝えていなかったです。実際告知されて、全摘手術をしなくてはいけないという事は、一旦チームを離れなくてはいけないということ。それは本当に最終的に決まった時、チームに伝えました。スタッフ陣には自分の口で伝えて、チームメイトには会う機会がなかったので、メールで自分の状況と、でも必ず復帰はするのでという意思も伝えて。すべて隠さず伝えました。と言うのも、チーム全員同じ女性なので、そこは皆にも気をつけて欲しいという思いもあったので、経験した者ができる事として、検査だったり、色んな事も踏まえて、皆にも全部伝えました。


チア子:
藤井選手がお伝えしたことで、周囲に何か影響は感じられましたか。

 

藤井選手:
何人かは、病院に行ったとか、行こうと思うという若い選手もいました。障がい者の人達って、普通の方達よりも余計に婦人科系や、病院に行きづらいんです。車椅子の人達は特に。それでも行こうと気持ちが変わった選手達が結構多かったので、そこは本当によかったなと思いました。


チア子:
治療と、お仕事/競技の両立で特に悩んだ事はありますでしょうか。


藤井選手:
正直、薬を飲んで辛いのは自分だけであって、実際アスリートとしてコートに入ってしまえば、日本代表としてチームで戦うことになります。別に皆からしたら、私が薬を飲んでようが、オペした後の胸であろうが、一選手、アスリートとしてやるわけであって。自分自身、こういう状況になって戻った時に、変に気を遣われたくないですし、「郁美さん薬飲んでいるから辛そうだね」とかはもちろんみんなは思わないですけど、でもちょっとでもそういうのを自分では出したくなかった。プライドもありますから。自分の中で、アスリートとしての自分に切り替えるという形でやっていましたね。

なので、もちろんみんなに聞けば、心配もしてくれていたと思いますし、正直薬を飲み始めた直後の練習では動悸、息切れ、汗の量とかも半端なくて。本当にみんなが「大丈夫ですか!?」って言ってくるくらいでしたね(苦笑)

 でも自分自身では薬のせいだとはしたくなかったですし、そこは自分自身が乗りこえなきゃいけないものだと思っていました。チームに迷惑かけたくなかったっていうのがあるので、本当のところはみんなに聞いてみないとわからないですけど、自分自身はそういうところでチームの輪を乱さないように、皆が余計なところでストレスを抱えないようにしようとはしていました。


チア子:
同じように会員様の中でも特別扱いしてほしくないって気持ちと、ただちょっと、分かってほしいという気持ちで揺れている方が多くいらっしゃいます。今のお話をお伺いして、藤井選手が先程仰っていた、コートに入れば皆立場は同じと、切り替えをうまくされていたんだなと。

 

藤井選手:
あとはやっぱり、信頼関係なのかなと思いましたね。

なので、仲のいい選手には、「薬飲んでいてこんなにやっているんだから頑張れよ!」みたいな感じで言えちゃいますし。(笑) そこはその人との信頼関係が大事なのかなって思いますね。


チア子:
メンバーの他にもコーチの方だったり、サポートする側の人にも配慮はいらないというようにお伝えしていたのでしょうか。


藤井選手:
そうですね。特にそのあたりも、言わなかったですね。コートに立てている以上は大丈夫、OKだという認識でいてもらっていたので。男性のスタッフ陣もいましたけど、皆と同じ目線でやってもらっていました。

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チア子:
主治医の先生から活動や可動域の制限も何もなかったのでしょうか。


藤井選手:
特になかったです。でも切ったのは結構大きく、脇の下も切ったので、最初は可動域もでなかったですし、腕も上がらないってところからで。それも右、利き腕のほうだったので、動きの中で難しい面もあって、それはきちんと伝えたうえで合宿は参加していました。


チア子:
右の動きにくくなった部分に対して、特別にリハビリ等はされたのでしょうか。


藤井選手:
病院ではなかったです。術後の動きを出すものだけで、あとはチームのトレーナーと一緒に可動域を広げていくですとか、自分でセルフケアをするというのがメインでしたね。特にしびれとか、腫れも出ずで。荒治療ですね。(笑) やらざるをえない状況に自分をもっていって。(笑)とにかくオペ後に大きな大会が迫っていたので、そこに間に合わせなきゃいけないというのがあったからこそ、そこまで出来たっていうのはあるんですけど。ゆっくりリハビリして、伸ばしてっていう感じでは間違いなくなかったですね。


チア子:
まだ治療は続いていくかと思いますが、お体を大事にして頂ければと思います。

最後にチアウーマンの会員様の、今治療中の方に向けて、メッセージを頂戴できますでしょうか。


藤井選手:
私自身も乳がんって聞いた時は子供もいましたし、骨肉腫だったり他の病気を患った時よりも本当に地獄だって思ったんですね。このまま子供と家族置いて死ぬのかなとか本当に落ち込んで。でも家族が支えになってくれましたし、主人が言ってくれた言葉ですけど、ひとつずつ、先を見ると本当にもうしんどくなってしまうし、辛くなるだけなので、目の前の事を何でもいいから一個ずつ、ひとつずつクリアしていこうって。
その言葉が支えで、今でも我が家の合言葉みたいになっています。何をするにもひとつずつだねっていう風に進んできたので、皆さんにもまずはひとつずつ、向き合って、頑張ってもらえたらなと思っています。


チア子:

本日は、貴重なお話どうもありがとうございました!

■<後半>おわり


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