Cheer Woman Staff Blog

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タグ:乳癌

チアウーマンの皆さん、こんにちは!事務局のチア子です。


皆さんは、「アピアランスケア」をご存知でしょうか?

アピアランスケアとは、抗がん剤などの薬物療法や放射線治療、外科治療等による

外見の変化(脱毛、爪、皮膚の変化、手術跡など)がもたらす患者さんのストレスを軽減するためのケアのことです。


“抗がん剤治療中に冷やすとよい”等は皆さんも聞いたことがあるかもしれませんが、

これらの対策がどの程度エビデンス(科学的根拠)があるものなのかについて、

今回はご紹介したいと思います!


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1.頭皮を冷やすことは、化学療法による脱毛の予防に効果がある?

 頭皮クーリングシステムによる冷却は、周術期化学療法を行う乳がん患者さんに限定して弱く推奨※1されています。装着の仕方や温度、時間、使用している薬剤による影響も考えられますが、冷却した群と冷却していない群では、脱毛の程度にかなり差があったと報告されています。


※1 (行うことを)弱く推奨する:必ず行わなければならないということではなく、益と害のバランスおよび患者の価値観などを踏まえ、現場で相談し、どちらかというと行うことを勧める、という意味
  参考:日本乳癌学会 推奨の強さ/エビデンスグレード/エビデンスの強さ


 この「頭皮冷却療法」は2019年3月に厚生労働省により薬事承認され、2022年現在、保険外診療として全国約50カ所※2の病院で導入されているようです。中でも、検証に用いられたPaxman Scalp Cooling キャップを導入している医療機関は、病院ホームページ上から分かるだけでも10カ所以上あります。もし脱毛が気になるようであれば、一度病院に問い合わせてみても良いかもしれませんね。

 なお、再発毛を促進させるためのマッサージ等については、まだ質の高いエビデンス(科学的根拠)がなく、今後の報告が待たれています。


※2 参考:虎の門病院乳腺内分泌外科 頭皮冷却療法(その1)



2.指先(爪)を冷やすことは、爪障害の予防に効果がある?

 頭皮の冷却が有効であると報告されたことにより、タキサン系薬剤(パクリタキセル、ドセタキセル)による爪障害(色が褐色や白っぽくなる、横溝ができる、爪の下に血ができる、等)の予防として手足を冷やすことの有効性に関しての報告も増えつつあります。

ですが、検証中に冷たさに耐え切れず、脱落してしまう方も少なくはないようです。凍傷に注意しつつ、効果が認められるかつ耐えられる最適な冷却温度や冷却時間を検討していくことが、今後の重要課題となっているようです。

 冷却用グローブやソックスを常備している病院も増えてきています。タキサン系薬剤を使用している方は、一度試してみても良いかもしれません。



3.放射線照射部位は保湿剤を塗ったり洗ったりした方が良いの?

 乳がん術後の胸部照射の場合、放射線皮膚炎の軽減や悪化予防のために照射部位にステロイド外用薬や保湿薬を塗布することは、弱く推奨※1されています。研究によって照射装置や照射方法の違いはあるものの、ステロイド外用薬を塗布した群は塗布していない群と比べて、Grade2~3の放射線皮膚炎が有意に減少したと報告されています。

 また、よく洗うことで放射線皮膚炎が軽減する傾向にあるので、放射線治療中の照射部位の洗浄も勧められています。タオルやスポンジは使わず石鹸の泡で優しく洗うこと、マーキングがある場合は慎重に行うことに注意が必要です。万が一マーキングが消えてしまったり薄れてしまった場合には、絶対に自分では書かずに病院のスタッフにお伝えください。



 より研究や検討が進み、エビデンスレベルの高いアピアランスケアが今後さらに増え、そういったケアが実施できる医療機関が増えてくるとよいですね。


参考文献:がん治療におけるアピアランスケアガイドライン 2021年版


アウーマンの皆さん、こんにちは!事務局のチア子です。

 

今回は前回に引き続き、東京2020大会で車いすバスケットボール女子日本代表キャプテンを務めた藤井郁美選手のインタビューをお届けいたします。
藤井選手のプロフィールは前編に記載していますので、是非ご覧ください!


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<インタビュー後編>
乳がんとの向き合い方/競技との両立


チア子:
藤井選手のご経験の中で、乳がんの診断・治療についてもお話を伺えますでしょうか。私たちは普段、乳がん患者さんのコミュニティサイト(CheerWoman)を運営しているのですが、再発の不安を抱えている方が多くいらっしゃいます。藤井選手の中で、そういった不安の乗り越えかたや、気の持ちようが何かあればお聞きしたいです。


藤井選手:
常に不安はありますね。乳がんの前に15歳の時に骨肉腫になって、その時も再発の不安はありましたし、がんっていうもの自体が、正直、いつやってくるかわからないものじゃないですか。そこの不安というのは正直ずっと拭えないと思いますし、付き合っていかなくてはいけないものだとは私は思っています。けれど、四六時中ずっと不安にかられていても辛いだけなので。私は家族がいてくれましたし、車いすバスケという何かそこを一瞬でも忘れられる事に取り組んでいたので。そういった支えがない方や家族にも話せない方はたくさんいると思います。そういった方達がこのようなサイトで同じ思いをしている人と繋がるっていうのは、すごく精神的にも救われるものがあるんじゃないかなって思います。

チア子:
過去のインタビュー記事で、主治医の先生が早く復帰できるように、治療の提案や手術で工夫をしてくださったと拝見いたしました。先生との信頼関係がしっかりされていたのかなと想像しますが、どのようにそのような関係を築かれたのでしょうか。


藤井選手:
まず、乳房を全摘出しなければいけないと告知を受けた時に、自分は車椅子バスケットボールプレイヤーですと伝えました。こういう立場で競技をしていて、という話をして、スポーツを趣味でやっているのではないと。とにかく復帰をしたいので、それに向けた治療をお願いしますとお話させてもらったら、先生も本当に親身になって色々考えて下さいました。


チア子:
バスケットボールが趣味ではなく、お仕事としてというお話は主治医の先生から聞いて下さったのでしょうか。


藤井選手:
いえ、私のほうからお話しました。体にメスを入れなくてはならないとなると、やっぱり色んな状況が変わってくるので、自分が何者なのかというのを最初に自分から伝えました。

チア子:
患者さんから、医師の先生はすごく忙しそうで、自分の話をしていいのか、意見を言っていいのかわからないという言葉も多く聞くのですが、そのようなことはなかったのでしょうか。


藤井選手:
有難い事に全然そういった雰囲気を出されるような先生ではありませんでした。私の場合は、大会出場予定がある中でドーピングにかかる薬を治療で飲むことになってしまったので、その資料を世界のドーピング機構に出さなくてはなりませんでした。その資料はすべて英語で書かなくてはいけないし、病院によっては後回しにされたりとか、先生によっては結構時間がかかったりするのが実態なんだと思います。でも私の主治医の先生は、その場ですぐに書いてくれて、本当にこんな先生他にいないんじゃないかって思うくらいでした。そこまで色々やってくれた先生がいてくれたからこそ、私も頑張って復帰する責任があるというか、頑張らなきゃという思いになりました。


チア子:
その先生は特にチームから紹介されたアスリートを専門にサポートされている先生だったのでしょうか。


藤井選手:
いえ、普通の先生です。なので、ドーピングの話とか、先生なりに調べてくれて。本当に協力してくださいました。


チア子:
「手術10日後に練習に復帰された」と伺って、私たちも驚きました。いつもは厳しいコーチも、その時はおとなしくしてなさいと言われたと聞きました。


藤井選手:
その主治医の先生が、オペ後まだ胸のところにドレーンが入っている状態なのに、暇だろって仰って。体育館行っていいよって言うような先生だったんですよ。さすがに無理ですって言いましたけど。(笑) それぐらい、早く動かしたほうがいいんじゃないかとか、言ってくださる先生でしたね。

 
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チア子:
今後の治療としましては、ホルモン剤の治療と伺いました。チアウーマンの会員の皆様も、ホルモン剤の治療は長く続くので、副作用ですとか、精神面でも色々落ち込みがあったりという方も見受けられます。今、内服治療されている中で、気の持ちようですとか、その他でも何か気をつけていること何かありましたら教えていただけますでしょうか。


藤井選手:
車いすバスケ選手として、ホルモン剤を飲みながらやるっていうのは、本当に辛かったですね。10年間飲まないといけないので。何が辛いって、やっぱり体が、例えば疲労具合が飲んでいた前と全然違って。薬を飲みながらスポーツをするというのは、アスリートとしてすごくしんどかったところですね。

なので、集大成にするというのも、そこが辛いっていうのもありました。体に負担をかけているところもあるので、薬を飲みながら、体の変化や気持ちの変化がどうなるのかは、一区切りついたこれから体感していくものだと思います。ただ、スポーツは薬を飲みながらやるものではないという(苦笑)。

それだけは本当に感じたというか、しんどかったですね。


チア子:
ホルモン療法は、更年期のような症状が現れて気持ちもイライラする時があると伺いますので、その中で選手生活を続けられたというのは、ものすごい努力だなと尊敬します。

  がんの患者さんの中でも、診断後これから治療ですという時に、周りの人にどう話そうと悩んでいるかたも多く見受けられます。藤井選手はチームメイトやコーチなど、チームメンバーのかたにどのように状況をお伝えされたのでしょうか。


藤井選手:
告知されたのは2017年で、東京パラリンピックに向けて毎月毎月合宿がずっとあるような中でした。ちょっとおかしいなと思ったので、病院を探して、合宿と合宿の間で行って検査をして、その時点ではチームのトレーナーにも言っていませんでしたし、もちろん仲間にも伝えていなかったです。実際告知されて、全摘手術をしなくてはいけないという事は、一旦チームを離れなくてはいけないということ。それは本当に最終的に決まった時、チームに伝えました。スタッフ陣には自分の口で伝えて、チームメイトには会う機会がなかったので、メールで自分の状況と、でも必ず復帰はするのでという意思も伝えて。すべて隠さず伝えました。と言うのも、チーム全員同じ女性なので、そこは皆にも気をつけて欲しいという思いもあったので、経験した者ができる事として、検査だったり、色んな事も踏まえて、皆にも全部伝えました。


チア子:
藤井選手がお伝えしたことで、周囲に何か影響は感じられましたか。

 

藤井選手:
何人かは、病院に行ったとか、行こうと思うという若い選手もいました。障がい者の人達って、普通の方達よりも余計に婦人科系や、病院に行きづらいんです。車椅子の人達は特に。それでも行こうと気持ちが変わった選手達が結構多かったので、そこは本当によかったなと思いました。


チア子:
治療と、お仕事/競技の両立で特に悩んだ事はありますでしょうか。


藤井選手:
正直、薬を飲んで辛いのは自分だけであって、実際アスリートとしてコートに入ってしまえば、日本代表としてチームで戦うことになります。別に皆からしたら、私が薬を飲んでようが、オペした後の胸であろうが、一選手、アスリートとしてやるわけであって。自分自身、こういう状況になって戻った時に、変に気を遣われたくないですし、「郁美さん薬飲んでいるから辛そうだね」とかはもちろんみんなは思わないですけど、でもちょっとでもそういうのを自分では出したくなかった。プライドもありますから。自分の中で、アスリートとしての自分に切り替えるという形でやっていましたね。

なので、もちろんみんなに聞けば、心配もしてくれていたと思いますし、正直薬を飲み始めた直後の練習では動悸、息切れ、汗の量とかも半端なくて。本当にみんなが「大丈夫ですか!?」って言ってくるくらいでしたね(苦笑)

 でも自分自身では薬のせいだとはしたくなかったですし、そこは自分自身が乗りこえなきゃいけないものだと思っていました。チームに迷惑かけたくなかったっていうのがあるので、本当のところはみんなに聞いてみないとわからないですけど、自分自身はそういうところでチームの輪を乱さないように、皆が余計なところでストレスを抱えないようにしようとはしていました。


チア子:
同じように会員様の中でも特別扱いしてほしくないって気持ちと、ただちょっと、分かってほしいという気持ちで揺れている方が多くいらっしゃいます。今のお話をお伺いして、藤井選手が先程仰っていた、コートに入れば皆立場は同じと、切り替えをうまくされていたんだなと。

 

藤井選手:
あとはやっぱり、信頼関係なのかなと思いましたね。

なので、仲のいい選手には、「薬飲んでいてこんなにやっているんだから頑張れよ!」みたいな感じで言えちゃいますし。(笑) そこはその人との信頼関係が大事なのかなって思いますね。


チア子:
メンバーの他にもコーチの方だったり、サポートする側の人にも配慮はいらないというようにお伝えしていたのでしょうか。


藤井選手:
そうですね。特にそのあたりも、言わなかったですね。コートに立てている以上は大丈夫、OKだという認識でいてもらっていたので。男性のスタッフ陣もいましたけど、皆と同じ目線でやってもらっていました。

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チア子:
主治医の先生から活動や可動域の制限も何もなかったのでしょうか。


藤井選手:
特になかったです。でも切ったのは結構大きく、脇の下も切ったので、最初は可動域もでなかったですし、腕も上がらないってところからで。それも右、利き腕のほうだったので、動きの中で難しい面もあって、それはきちんと伝えたうえで合宿は参加していました。


チア子:
右の動きにくくなった部分に対して、特別にリハビリ等はされたのでしょうか。


藤井選手:
病院ではなかったです。術後の動きを出すものだけで、あとはチームのトレーナーと一緒に可動域を広げていくですとか、自分でセルフケアをするというのがメインでしたね。特にしびれとか、腫れも出ずで。荒治療ですね。(笑) やらざるをえない状況に自分をもっていって。(笑)とにかくオペ後に大きな大会が迫っていたので、そこに間に合わせなきゃいけないというのがあったからこそ、そこまで出来たっていうのはあるんですけど。ゆっくりリハビリして、伸ばしてっていう感じでは間違いなくなかったですね。


チア子:
まだ治療は続いていくかと思いますが、お体を大事にして頂ければと思います。

最後にチアウーマンの会員様の、今治療中の方に向けて、メッセージを頂戴できますでしょうか。


藤井選手:
私自身も乳がんって聞いた時は子供もいましたし、骨肉腫だったり他の病気を患った時よりも本当に地獄だって思ったんですね。このまま子供と家族置いて死ぬのかなとか本当に落ち込んで。でも家族が支えになってくれましたし、主人が言ってくれた言葉ですけど、ひとつずつ、先を見ると本当にもうしんどくなってしまうし、辛くなるだけなので、目の前の事を何でもいいから一個ずつ、ひとつずつクリアしていこうって。
その言葉が支えで、今でも我が家の合言葉みたいになっています。何をするにもひとつずつだねっていう風に進んできたので、皆さんにもまずはひとつずつ、向き合って、頑張ってもらえたらなと思っています。


チア子:

本日は、貴重なお話どうもありがとうございました!

■<後半>おわり


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チアウーマンの皆さん、こんにちは!事務局のチア子です。
 

前回はパラリンピックの起源や楽しみ方についてご紹介いたしましたが、
今回はなんと、東京2020大会で車いすバスケットボール女子日本代表キャプテンを
務めた藤井郁美選手にお話を伺うことが出来ました。

藤井 郁美(ふじい いくみ)選手

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小学3年生でミニバスケットボールを始める。中学でもバスケ部に所属し、
活躍するも卒業目前で悪性骨肉腫を発症、右足の大腿骨と膝関節を切除、人工関節となる。
19歳で潰瘍性大腸炎と診断され、大腸を全摘出。2002年、20歳で車いすバスケをはじめ、
3年後には日本代表に選出。その後、より高いレベルでの練習環境を求めて
男子車いすバスケチームの強豪「宮城MAX」へ移籍。以来数々の国際大会でエースとして活躍。
2017年には乳がんと診断されるも、手術後10日で練習に復帰。
2020年東京パラリンピック大会は2008年北京大会に続き2回目の出場となり、
共同キャプテンも務めた。


       ※医療用語解説※

  骨肉腫:

  骨にできる悪性腫瘍の中で、最も有名な病気です。

  肉腫とは、広い意味の「がん」ですが、骨や筋肉・脂肪・神経・血管などに
  発生した悪性腫瘍を「肉腫」といいます。

  潰瘍性大腸炎:

  大腸の粘膜に炎症が起こり、ただれ、時には深層部まで傷がついてしまう病気です。
  様々な要因が関与して発症すると考えられていますが、原因については現在のところ
  はっきりしていません。発症頻度は、人口50万人あたりに500人程度です。


2002年に車いすバスケを始めてから東京オリンピックまで、
常に第一線で活躍し続けてきた藤井選手。笑顔でお答えいただく中で、
時折真剣に悩まれたり、考えこまれたりしながら、どのような質問にも
真剣にご回答いただきました。競技のこと、治療のこと、生活のこと、
役だつお話が盛りだくさんのインタビューとなりました。

インタビュー<前編>
キャプテンとして挑んだ東京2020大会/育児と家事と仕事と競技

チア子
早速ですが、大会が終わって1か月。北京大会ぶりの出場、キャプテンとしてリードされた大会ですが、今のお気持ちを教えて下さい。

藤井選手
そうですね。本当に正直、開催されるかどうかわからなかった中だったので、無事終えることが出来て、戦いきることが出来てほっとしていますし、すがすがしい思いでいっぱいです(笑)
今回の大会では、やっぱり新型コロナウイルスの感染者をチームの中で出してはいけないという、勝負事とは別の緊張感というものを、選手村に入る前から持ちながらの大会でした。すごく色々な面で気を使いながらの生活で、そういう面で大変ではありました。

チア子
コロナ禍での開催ということも含めて、色んな意味で特別だったTokyo2020大会かと思います。様々なインタビューでも藤井選手の口から、この大会が「集大成」という言葉も出てきていたかと思います。北京大会からおよそ20年間、トップ選手であった印象が強い藤井選手ですが、トップで活躍できる理由、頑張り続けられる理由とは何でしょうか。

藤井選手
そうですね。20年間ずっとモチベーションが一緒だったわけでもなく、その都度その都度、自分だったりチームだったり課題はいつも違っていました。そのひとつひとつの目標と、それを達成するためにという想いで日々やってきたら、気づいたら20年経っていたというような(笑)積み重ねていたら結果ここまでやっていたという感覚です。まだできる、まだやれるという自分への課題や挑戦は技術面のところでもそうですし、そういった課題が出ればでるほど、「まだやれる、まだやらなきゃいけない、これをやらなきゃ勝てない」というように、どんどん膨らんでいった結果ですかね。

チア子
「これはやらなきゃ勝てない」という考え方は、藤井選手の経歴を拝見しているととても納得ができます。常に上を目指して、そのためになんでもするという印象がありますが、藤井選手が何か判断をするときに、自分はこう考える癖があるとか、こう考えるようにしているということがあれば教えて下さい。

チア子メモ:
2006年、藤井選手はルーキーとして出場した世界選手権大会で、
日本車いすバスケチームと世界とのレベルの違いに衝撃を受ける。
日本チームが世界で互角に戦うためには、よりレベルの高い練習環境が必要だと感じ、
所属チームの移籍を決意。移籍先に選んだのは、当時の活動拠点であった神奈川から
遠く離れた仙台、当時は男子選手のみが在籍していた国内強豪チーム「宮城MAX」だった。

藤井選手
とにかく、昔から直感で生きていましたね。(笑)直感型で、この行動をしなかった自分とした時の自分、どちらがいいだろうって考えたときに、絶対行動した後の自分のほうがいいっていうのがわかるから、その時はもう、それを信じて動いていました。幼い頃から決めたらすぐ行動、という感じでした。

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チア子
直感で、そこまで頑張りきることができるのがすごいですね。現在藤井さんは、6歳のお子さんがいらっしゃって、お仕事もされています。育児と家事とお仕事と競技、4つ同時進行でこなしていらっしゃいますが、コツや秘訣はありますか。

藤井選手
全然こなしてないですよ(笑)こなしてないですし、こなそうともしていないです。でも本来の自分の性格的には、すべてを完璧にやりたいっていうのがあると思います。でもこれだけやることがあると、やっぱりそうもいかない。最初は自分の事だけで、バスケットボールの事と仕事の事くらいでよかった。でも結婚して、子供ができて、色んな事が増えていく度に、完璧を求めていたら、自分がつぶれてしまう。なので、頼るところは頼ったり、後回しにできることは後回しにしたりとか、自分の中で、生活していく上での優先順位を日々つけながら生活するようになりましたね。

チア子
チームビルディングの秘訣についておしえてください。今回の大会を見ていて、日本チームはベンチがとても明るいなといった印象がありました。一方で、車いすバスケというスポーツの特性上、障害の重度が人によって大きく違ったり、競技人生も長く、年代にもバラつきがあると思います。そんなチームを一つにまとめる苦労や工夫を教えて下さい。

藤井選手
車椅子バスケットは年齢が幅広いですし、経験年数も全然違います。生きてきたバックグラウンドも一人一人違うものをかかえて、それでもひとつの目標に向かって戦っていくって、本当にすごく難しいですね。
どの世界もそうだと思いますが、年齢や経験に差があると、余計感じ方や捉え方の差というか、ジェネレーションギャップが出てしまいます。でもやっぱり日本代表として戦わなければいけない責任と自覚を全員が持たなくてはならない。それを前提に、年齢や経験にかかわらず、意見を言えるチームにしていきたいと考えていました。コートに入れば、年齢や経験は関係ないので。自分の思ったこと、こうしたいということを言える環境にしなければいけないなって思いました。
それで選手ミーティングなどコミュニケーションを多くとりました。年長者やベテラン選手は意見を言い易いですが、経験の浅い選手達は、最初は自信がなくて、なかなか意見が言えないこともありました。でも無理には求めませんでした。試合に出ている選手は意見しやすいし、年齢が低ければ低いほど、さらに試合に出ていなければ、意見を言いづらいのが当然なので。そこはあえて皆の前でどう思っているのかは言わせませんでした。その代わりに、その全体の選手ミーティングで話せないのであれば、グループワークでわかれて2~3人で意見を言える環境を作りました。そういったコミュニケーショントレーニングを積みながら、最終的には何十人となった中でも誰しもが意見を言えるようになりました。チームの理想像を叶えるために、ミーティングひとつをとっても今はこれをしておかなければいけないと、最初の頃は取り組んでいましたね。

チア子
チームの全員が意見を言えるようになるまで、どの程度時間がかかったでしょうか。なにか発言を促す工夫などはされたのでしょうか。

藤井選手
小グループのワークと全体のミーティングは並行して行っていたのですが、数回小グループでのグループワークを重ねると効果は出ていた気がします。そんなに時間はかからなかったですね。あとは小グループのワークであろうと、大きいグループでのミーティングであろうと、とにかく誰かが話しているときは口出しするなということを言っていました。まず黙って人の話を聞きなさいと。で、否定も肯定もしない。ベースにはとにかく仲間を尊重して取り組むようにと、ずっとうるさく言っていました。

チア子
「黙って聞く」というのは基本的なことですが、日々の生活でも実はできていない気がします。
 
藤井選手
言いたい人は、すぐ最後まで話聞かずに発言してしまいますね。相手の話を否定するわけでもないけれど、でも私はこうで、と話だしちゃう人がいたりします。
ただそうすると、それで萎縮してしまう人も出てくる。何でも白黒つけるなとも言いましたし、勝負事ですし、バスケは相手がいるスポーツなわけで、ゲーム中でも必ず白、必ず黒って事はやはりないので。そういったこともかなり言いましたね。

■<前半>おわり

藤井選手のインタビュー、いかがでしたでしょうか。
<後半>では、東京大会前に診断を受け、治療をうけられた乳がんについて伺います。

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